きまぐれな紡ぎ手

日々の気づきや思いを綴っています

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ついでに少しだけやる

整理整頓の話

私は整理整頓に苦手意識はなく、むしろキレイな状態を維持したい、キレイに揃っているのが嬉しい派なのですが、私以外の家族はそうでもないんです。

いつも物を使ったら出しっ放し、扉を開けたら開けっ放し、帰ってきても靴を揃えない、届いた郵便物はいつまでも机の上に置きっ放し。

そんな空間にいるのにだんだんイライラが・・・。

 

「開けたら閉める」「使ったら元の場所に戻す」と口を酸っぱくしていうと渋々はやってくれるのですが、次の行動でまた同じことの繰り返し。

 

言われる方も「また言ってる」と思うのでしょうが、言ってる方も「また同じことを言わないといけないのか」とうんざりしてしまいます。

 

で、「言われる方」と「言う方」の根比べとなるのですが、勝負の結果は言わずもがな「言う方」が言うことに疲れて負けるのです。

 

「言われる方」は言われた時だけやっておけばいいと思っている?

「言う方」はその状態を見つけるたびにうんざりしながら、時には声を荒げながら言う。

そんなにキレイにしたいなら自分でやればいいんじゃ?とも思うけど、なんか代わりに片付けると負けた感を感じてしまう。

そういうことはないでしょうか?

それぞれの価値観

ずっと一緒にいる時間が長い家族であっても自分の思い通りには動いてくれない。

一時は、言ってもダメなら自分も片付けない方に合わせようとしたこともありました。

嫌なことも言わないで済むと精神的には楽になる。

ただ出しっ放し、開けっ放し状態は気になってしまう。

キレイ好きな人と気にならない人に分類されるのでしょうか?

それとも、自分がやらなくても片付ける人がいるから片付けなくても大丈夫ということなんでしょうか?

 

一度聞いてみたことがあるんですが、キレイになっているのは好きだが、キレイにするのは面倒だという回答がありました。

なんてこったい( ゚Д゚)

 

よく聞く「物の住所」を決めてくれたら片付けられるよと言われたこともありました。

だから、「物の住所」決めたよね?なぜにこれがここにあるの?

「・・・・・・。」

うーーーん、物の住所を決めたら片付けられる説はダメだったか・・・。

ついでに少しだけやる

人を変えるのは無理があるんですかね。

頑張って頑張って頑張れば、いつか変わってくれるかもしれない。

でも、その気がない人を変えるのは不可能なんですよね。

なので諦めました。

このやり方は。

 

まず基本的に共有空間は自分で率先して片付けるようにしました。

でも、散らかっているところを全部一気にやることはやめました。

何かをやるついでに少しだけその付近を片付ける。

全部はやらない。ソファに行けば一つだけでもクッションを元の位置に戻すとか、キッチンに行ったついでに食器などを少し片づける程度。

どこかに移動するたびに移動中か移動先の物を少し片付ける。

玄関に行けば、一足だけでも靴を揃える。

できる限り自分に負担がかからないようにすること。

重要なのはついでに少しだけやるということ。

 

それを続けていると、なぜか不思議と周りが少し合わせてくれるようになりました。

全部は無理でも、たとえ少しでも、言われなくてもやってくれるようになってくれると嬉しいものです。