きまぐれな紡ぎ手

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『説明会という名の朗読会』から見るこれからの未来

はじめに

会議に説明会、本当に意義があるものだったらいいのですが、「やる意味あった?」というのも結構あるのが現実です。

だからと言って、参加してみないと意義があるかどうかわからないのもまた事実。

で、参加してみてうんざりすることが多いのです。

 

資料を読み上げるだけの時間は必要?

事前に会議や説明会の資料の配布があるのですが、それを事前に読んでおき、わからないところや質問したいところにメモ書きをしておく。

そうやって会議や説明会に臨むと、進行役の人が最初からずっと書類を読み上げていくことから始まるのです。

1時間の説明会に45分使って延々と資料を順番に読み上げていく。

読み終わると質問の時間が始まりますが、消化不良のまま終わることもよくある話。

この資料を読み上げるだけの時間は必要なのかな?と疑問に思うのです。

 

説明会という名の朗読会

説明会と言いつつ、説明をしていないのでは?と思うことがよくあります。

説明会の大半の時間が資料を読み上げるだけっていうのはいかがなものかと思います。

ただ資料を棒読みで読み上げるだけでなく、せめて少しわかりやすく噛み砕いて話すとか、不要なところは端折るとかした方がいいのでは?

読むだけなら事前に読んできているし、自分で黙読した方が早い。

みんなが集まる場で、説明会という名の朗読会をするとどういうことになるでしょうか。

  • 事前に読んできている人が無駄な時間を過ごす。
  • 無駄な時間だと最初からわかっていると参加しなくなる。
  • でも会社側からは半強制的に参加を促される。
  • どうせ説明会で一から読み上げるからと、わざわざ自分で事前に読まなくなる。
  • 事前に読んで思考することをやめると、質問内容が低くなったり、質問自体浮かばなくなる。
  • 最終的に内容が薄い説明会となってしまい、全体の習熟度が落ちてしまう。
  • 全体の習熟度が落ちてしまうと、会社の能力にも連動してしまう。
  • 会社の能力が落ちると、説明会をする側の質も低下していってしまう。
  • こうして負のスパイラルに陥ってしまう。

最初は能力が高かった人も、だんだん低下していってしまい、やがて悪い方に平準化してしまう。

一度悪い方に平準化されると、それがその会社の常識となってしまう。

そうなると上昇思考にもっていくには、多大なる力が必要となってくる。

その多大なる力を発揮できる人材が、自分を犠牲にしてまで取り組んでくれるのかと言えば、なかなか難しく、逆に平準化の波に飲み込まれるのか、他社へ流出していってしまうのか・・・ということになりかねない。

このままでいいのか?と言われれば、よくないと答えるのだろうが、だからと言って行動に移すのかと言えば、傍観してしまうのが今の世の中のような気がします。

そうして、仕事はしているのに給料は上がらないと不満を言い、やってられないと愚痴を言い、世の中の物価は上がっても日本で住んでいる人は安い備蓄米に奔走したりする。

そうは言っても、「自分だけ頑張っても何も変わらない」と頑張ることを諦めてしまう。

個人の力ではどうしようもないと諦めてしまう。

で、他者へ責任転嫁してしまう。

上司が悪い、会社が悪い、政治家が悪い、日本が悪い・・・と。

そして、アメリカならこうだ、どこどこの国ならこうやっていると他国を持ち出してくる。

仮にアメリカがこういう方法で良い結果を出しているから日本も見習っってそうするべきだと言ったところで、アメリカと日本では考え方や文化も違うのにやり方だけ真似ても・・・と言うよりも、まず誰が行動するのかという視点がわからない。

個人の力ではどうしようもない、かと言って指導者はダメだと批判している。

では一体誰が行動に移すのだろう?

ここでまた責任転嫁が始まるのです。

 

一つの解決案として

話を説明会に戻します。

現状を批判するだけで終わると、ただの愚痴になってしまうので、こういう感じなら良くなるのではと自分なりに感じたことを書いておきます。

  • 事前に説明会の資料を全員に配布する。
  • 事前に読んでもらい、どんな小さなことや今更聞くのが恥ずかしいと思っていること、不明点や疑問点を個別に返してもらう。
  • その質問をまとめて回答を用意する(説明する側も回答を用意する際に説明力(理解度)が深まる)。
  • 説明会では読み上げることをなくし、事前に集まった質問の説明(回答)をしてもらう。
  • その説明(回答)から更に不明点や疑問点を深掘りする。
  • 結果、全体の理解度を上げることができる。
  • 説明会の時間短縮にも繋がる(議論が深まって伸びる可能性があるかも)。
  • この議論についていけない人が焦りを感じ、次回は事前に読んでくる(ここの伸びしろに期待したい)。
  • 説明する側もされる側もお互いに能力を伸ばすことができる。

理想論ではあるかもしれませんが、ただ読み上げるだけよりはお互いの理解度は高めていけると思います。

ここで焦りを感じられる人が将来の戦力になるかもしれません。

他にもたくさんの解決案が人の数だけあると思います。

現状に甘んじて何もしないよりも、少しでも行動できる人が世の中を変えていくかもしれませんね。

おわりに

自分でできる範囲は自分でする。

これを標準として、少しずつでも自分でできる範囲を広げていく。

現在の能力は低くても、頑張っている者には手を差し伸べる。

始まりの瞬間はいつも個人。個人から個人へ、点から線へと輪を広げていく。

これからの未来はそう言う世の中であってほしい。

とりあえず自分はそうやって生きていこう。