きまぐれな紡ぎ手

日々の気づきや思いを綴っています

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「ミスは誰のせい?」|チェックシートが形骸化する職場の真実

「真面目にやってきた人」が苦しむ不公平なルールの話

「あれ?これって昨日のミスと同じやつじゃない?」

 

同僚が資料の山から一枚の紙を取り出した。

そこには、「チェック済」とハンコが押された文書。

しかし、明らかに誤記があった。

 

「おかしいな。ちゃんとチェックしたはずなんだけど・・・」

 

そう答えたのは、今月から異動してきたばかりの後輩だった。

責める気はなかった。

むしろ、その「ちゃんと」という言葉が一番あやしいのだ。

 

うちの会社には、ミスが起きるとすぐに「チェックシート」が作られるという慣習がある。

 

「再発防止のため」と言えば聞こえはいい。でもその実態は、「対策をしたという実績を作るため」だ。

いわゆる「やってる感」対策。

 

実際、作られたチェックシートは、誰のためでもないテンプレートのような存在になっている。

誰も内容を精査しないし、チェック欄にハンコさえ押されていればOKという空気が漂っている。

 

形は整っていても、魂が入っていない

そんな書類が日々積み重なっていく。

 

実は、私自身はミスを防ぐために、ずっと前から自分用のチェックリストを独自に作っていた

 

この仕事に就いてから、何度も失敗を経験してきた。

その度に「次はこうしよう」とメモを取り、作業前には必ずそのメモに目を通している。

そうやって自分のやり方を磨いてきた。

 

でも、上から降ってくるチェックシートは、そんな努力を無視してくる。

「みんなこれを使え」という大号令のもと、どんなに自分で工夫していても、それは「会社のやり方ではない」として排除される。

 

しかもそのチェックシートが作られるきっかけは、たいてい「やるべきことをやっていなかった誰かのミス」だ。

 

思い出すのは、あの時の出来事。

 

あるプロジェクトで、提出期限ギリギリに提出された資料に重大な誤りが見つかった。

責任者は慌てて会議を開き、「再発防止のためにチェックシートを導入する」と宣言した。

 

「ちゃんと確認したつもりだったんですが・・・」

そう呟いた担当者に、上司はこう言い放った。

 

「つもりではダメなんだよ。記録が必要なんだ」

 

確かに正論だ。

でも、その一言のせいで、現場の「信頼」は一気に「書類」へと置き換えられた

 

そして始まった「全員チェックシート義務化」。

 

当然、私にもそのチェックシートが配られた。

項目は10個以上あるのに、内容はざっくりとしたものばかり。

 

「①誤字脱字がないか」

「②表記漏れがないか」

「③ファイル名が適切か」

 

そんなものは普段から意識している

だからこそ、私はミスをしてこなかった。

でも、やるべきことをやってこなかった人のミスのせいで、私までその対策を義務づけられる。

 

やるべきことをちゃんとやっていた人間ほど、余計な手間を増やされ、無言の圧力にさらされる。

 

これは、私たちの職場に限った話じゃない。

 

最近、マンションの掲示板で見かけた話も、まさにその構図だった。

 

ある日、大型のゴミ箱のフタが、強風で車道まで飛んでいった。

幸い事故はなかったけれど、管理組合は慌てて対策を立てた。

 

「ゴミを捨てたら、フタを閉めて、フックで固定してください」

 

理にかなった対応だと思った。

フックを使えば、強風でもフタは飛ばない。

 

でも、フックをしない人が必ずいる。

 

結局その後、ゴミ箱全体を覆うネットが設置された。

ネットなら、フックを使わなくても飛ばない。

つまり「最終手段」だ。

 

でも驚いたのは、管理人からの掲示にこう書かれていたことだ。

 

「ネットをかけるとともに、フタのフックも必ず使ってください」

 

「じゃあネットの意味は?」

 

私は考えてしまった。

 

なぜルールを守ってきた人だけが、どんどん負担を増やされるのか?

フックで十分だったはずなのに、守らなかった人がいたせいでネットが加わり、今ではフック+ネットの「ダブルルール」になっている。

 

フックをしなかった人は、今もなおフックをしないまま。

ルールを破った人は何も変わらず、ルールを守った人だけがどんどん縛られていく。

 

そしてまた思う。

「このチェックシートで、本当にミスは減ったのか?」

 

誰も検証しない。

数字も取らない。

「検証」なしの「対策」は、対策ではない。

ただのその場しのぎの儀式だ。

そしてその儀式に付き合わされるのは、いつもルールを守ってやっている人たち。

だからミスはまた起きて、また新しいチェックシートが生まれる。

 

その度に、「再発防止のために、形式だけが強化されていく」。

 

もういっそのこと、ゴミ箱のフタを鉄製にしたらいいんじゃないか。

チェック項目を50個にすれば安心なんじゃないか。

そんな極論さえ言いたくなる。

 

本来、チェックシートとは「守れない人」のための補助輪であるはずだ。

 

でもそれが、守ってきた人の「足かせ」になる瞬間がある。

 

だから私は今日も、自分のやり方で、「自分のためのチェックリスト」を続けている。

 

それが唯一、私自身を守る方法だから。

そして願う。

「いつか、この理不尽が改善される世界が来るように」

 

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