「メモなんていらないは誰にでも通用する言葉じゃない。自分の特性に合った方法を見極めよう」
「メモなんかいらない。忘れるくらいのことは、どうせ大したことじゃない。」
そんな言葉を聞いたことはありませんか?
私も一時期、この言葉に心を掴まれました。
スマートでかっこいいなと思ったし、そう言い切れる人に憧れもありました。
メモを取るのは面倒だし、確かに忘れるようなことは重要じゃなかったりする。でも・・・。
それって本当に、すべての人に当てはまる考え方なのでしょうか?
「記憶力のいい人」と「そうでない私」
「メモがいらない」と言っていたその人は、おそらく本当に記憶力が良い人なのでしょう。
どんな些細なことも覚えておける頭の持ち主なのかもしれない。
でも私は違いました。
たとえば、買い物に行くときに「牛乳と卵だけ」と頭に入れて出かけても、途中で別のことを考えたら「あれ?何買うんだっけ?」と立ち止まるタイプ。
職場でも、何か新しい案を考えていて、別の電話が入ると、さっきまで考えていたことが一瞬で消えてしまう。
そんな自分に「メモなんかいらない」なんて考え方はまったくフィットしないのです。
「誰かの成功法」は「あなたの成功法」ではない
私たちは、つい「頭の良さそうな人」や「成功している人」の言葉を信じたくなります。
それはきっと、自分も近づきたいという思いや、真似をすればうまくいくかもという期待から。
でも冷静に考えてみると、その人が歩んできた道も、得意なことも、考え方も、自分とはまったく違うはずです。
「メモはいらない」という言葉も、その人にとっての真実であって、私にとっての真実とは限らない。
私たちは時々、「そのまま真似すれば、うまくいくはずだ」と勘違いしてしまうことがあります。
けれど、自分のことを無視してしまうと、うまくいくどころか、苦しくなる。
「忘れないため」にメモを取るのではない
私がメモを取る理由は、単に忘れないようにするためだけではありません。
「上書きされないようにする」ため。
何かを考えているときに、別のタスクや情報が入ってくると、私は簡単に「上書き」されてしまうんです。
せっかく思いついたことも、頭からすり抜けていく。
だから、頭の中に留めるのではなく、一度外に出しておく=メモに残す。
それが、私にとっての「思考を止めない」工夫でした。
「メモを取ることはダサい」なんて思わなくていい
かつての私は、メモを取る姿を見せるのが少し恥ずかしいと思っていました。
周りはスマートに仕事をこなしているように見えるし、自分だけが「あれ、何だったっけ?」と焦ってメモを探しているのがみっともない気がして。
でも今は、堂々とメモを取ります。
メモを取ることは、私にとっての「誠実な手段」だから。
誰かの記憶力に対抗しようとするのではなく、自分が信頼できる方法を使うだけ。
「まず試してみる」はアリ。でも「鵜呑み」はナシ
もちろん、「メモを取らない」という方法を一度試してみるのは悪いことではありません。
その経験を通して、「あ、やっぱり私は無理だな」と気づくことができるから。
でも重要なのは、他人のやり方をそのまま鵜呑みにしないこと。
その方法が、自分にも合うかどうか。
試してみて、変化させて、自分に取り入れられるかどうか。
成功者のやり方を「全部マネする」ことよりも、「一部分だけ取り入れて、自分用にアレンジする」ほうがずっと賢い。
あなたにとっての「正解」は、自分で探せばいい
「メモなんかいらない」「毎朝5時に起きるべき」「成功するには○○しろ」
世の中には、「頭の良さそうな人」が言い切る言葉がたくさんあります。
だけど、それがすべての人の正解ではないということを忘れないでください。
あなたの性格や習慣、生活スタイル、特性に合ったやり方が必ずある。そしてそれは、あなたにしか見つけられない。
最後に
私はこれからも、メモを取り続けます。
忘れっぽい私にとって、それが一番ラクな方法だから。
頭の良い人に振り回されるのではなく、自分の頭で考えること。
その積み重ねが、自分らしく生きることにつながるのだと思います。
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