
必ずどこかに小さな「夜明け前」がある。
嫌なことが起きたとき、「嫌だった」で終わらせるのは少しもったいない。どんな小さな出来事の中にも、自分にとってのプラスや学びを見つけていくための考え方と、意識の芽をゆっくり育てていくコツをまとめました。
嫌なことが続くと、「もう何もかも嫌だ…」って投げ出したくなるとき、ありますよね。
仕事で理不尽なことを言われたり、家で自分ばかり損な役回りになっていたり。
そういう日が続くと、「ここから学べ」とか「前向きに捉えよう」と言われても、正直しんどいものです。
でも、だからこそ今日は
「嫌なことを嫌で終わらせない、でも無理にキレイごとにはしない」
そんなやり方の話をしたいなと思います。
嫌なことを「嫌だった」で終わらせるのは、少しだけもったいない
まず大前提として、嫌なことは嫌でいいんです。
「そんなの気にしなきゃいいやん」と言われても、気になるものは気になるし、傷つくものは傷つきます。
ただ、そこで終わらせてしまうと、
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嫌な気持ちだけが残る
-
同じことが起きたとき、また同じように苦しくなる
この二つが、ずっと自分の中に居座ってしまいます。
そこで、少しだけ視点を足してみます。
嫌なことも、嫌で終わらせるのはもったいない。
どんなささいで小さなことでも、自分にとってプラスになることを探してみる。
この「探してみる」という姿勢が、とても大事なポイントです。
“見つけなきゃいけない”ではなくて、“探してみるだけでもいい”。
この違いが、心の負担をかなり軽くしてくれます。
「学び」を見つけるというより、“問いかけてみる”だけでいい
よくあるのが、
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「この出来事からの学びは何だろう?」
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「この経験を成長に変えなきゃ」
と、自分にプレッシャーをかけてしまうパターンです。
でも、しんどいときにこれはきついですよね。
なので、もう少しハードルを下げて、こんな問いかけにしてみてください。
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「この中に、ちょっとでも自分のプラスになること、あるかな?」
-
「もし無理やりひとつだけ挙げるなら、何が言えるだろう?」
これくらいの温度感で大丈夫です。
完璧な答えを出す必要はありません。
「うーん…強いて言うならこれかな」くらいのゆるさで十分です。
具体例①:職場で理不尽に怒られたとき
例えば、こんな場面を想像してみてください。
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自分だけが責められている気がする
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言い方がキツくて、内容が頭に入ってこない
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「なんで私だけ…」という思いでいっぱいになる
こんなとき、「学びを見つけよう」と言われても、正直むりです。
そこで、いきなりポジティブ変換しようとしなくてOKです。
少し心が落ち着いてきたタイミングで、こんなふうに考えてみます。
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今回、一番「嫌だったポイント」はどこだっただろう?
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言い方?
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伝え方?
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タイミング?
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-
次に同じ状況になりそうなら、「自分はどうしておきたいか?」
例えば、
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「今後、同じ人に指摘されたときは、一度メモだけ取って、気持ちが落ち着いてから内容を整理してみよう」
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「わからない部分があれば、その場で反論ではなく“確認”として聞いてみよう」
こうやって考えると、
“嫌な記憶”の中に、ちょっとだけ「自分の行動を変えるヒント」が混ざっていることがあります。
それを完璧に活かせなくてもいいんです。
「あのとき、こう考えようとしてみたな」
と一度でも思えたなら、それはもう立派な前進です。
具体例②:予定が崩れてイライラしたとき
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せっかく立てた予定が、急な用事で崩れた
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思うように作業できず、「今日も何もできなかった」と落ち込む
こういう日も多いですよね。
このときに探してみたい「プラス」は、例えばこんなものです。
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自分の「こだわり」が見えた(予定通りに進めたいタイプなんだな、など)
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優先順位を見直すきっかけになった
-
「全部は無理でも、これだけはやろう」という“最小単位”を決める練習になった
予定が崩れたのは正直イヤです。
でも、その中から
「じゃあ、どのくらい崩れたら自分はストレスが強くなるんだろう?」
と、自分のラインを知るチャンスにもなります。
これも立派な「自分を知る」というプラス要素です。
具体例③:ささいな一言に傷ついたとき
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何気なく言われた一言がずっと頭から離れない
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相手は悪気がなさそうなのに、自分だけがモヤモヤしてしまう
こんなとき、「気にしすぎだ」と自分を責めてしまいがちですよね。
ここで探してみる“プラス”は、
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「自分は、こういう言い方に弱いんだな」と気づけたこと
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「こういう言い方を、自分は他人にしないでおこう」と決められたこと
です。
傷ついた経験があるからこそ、
「同じことを人にはしない」という優しさにつながることもあります。
これは、目に見えにくいけれど、とても大きな価値です。

少しずつ育てていけばいい。
「見つからない日」があってもいい。その代わり、“意識の芽”だけは残しておく
ここまで読んで、
そうは言っても、どうしてもプラスなんて見つからない日もあるよ…
と思ったかもしれません。
その感覚は、とても自然です。
実際、
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心がすり減りすぎている日
-
その出来事があまりにも重すぎる日
そんなときは、無理に「学び」なんて探さなくていいです。
「今日はもうしんどいから、何も見つけられなくて大丈夫」と自分に言ってあげてください。
大事なのは、
見つからないこともあるだろうけれど、
「何かプラスはあるかな?」と一度でも意識してみた自分を認めること。
この意識そのものが、あなたの中の“意識の芽”です。
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誰かが代わりに育ててくれるわけではない
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目に見える成果になるまで時間がかかるかもしれない
でも、その芽は、確実にあなたの中に存在しています。
意識の芽を育てるための、簡単なステップ
「意識の芽」を育てるために、今日からできそうなことを、シンプルに3つに絞ってみます。

「0」ではなく「1」にできれば十分。
① 嫌なことがあった日を、「0」ではなく「1」にする
寝る前や一日の終わりに、こんな問いかけをしてみてください。
今日は、嫌だったことの中から、1つだけでも「プラス」にできそうなことはあるかな?
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見つかればラッキー
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見つからなかったら「今日は見つからなかった」とだけ心の中でメモする
それだけでOKです。
「探そうとした」という行為自体が、もう“1”です。

それでも、今日をそっと振り返った自分はえらい。
② 小さなメモを残してみる
余裕があれば、スマホのメモやノートに一行でいいので書いてみてください。
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「今日は〇〇が嫌だった。→ 次からは△△してみるかも」
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「今日は何も見つからなかった。→ でも、探そうとした自分はえらい」
きれいに書く必要もありません。
後から見返したときに、
ああ、自分なりにちゃんと向き合おうとしていたんだな
と気づくことができます。
それだけで、過去の自分に少し優しくなれます。
③ 「今はわからないけれど、いつか意味がわかる日が来るかもしれない」と仮置きしておく
どうしても受け入れがたい出来事や、まだ生々しくて直視したくない出来事もあります。
そんなときは、無理に整理しようとせず、
「今はまだ意味がわからないけれど、
いつか少しだけ意味が見える日が来るかもしれない」
と、心の中で“仮置き”しておくだけでも構いません。
その仮置きの感覚が、まさに意識の芽に水をあげる行為です。
そうして育てた先に、「見つけられる自分」になっていく
意識の芽は、一晩で大きな木にはなりません。
でも、
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「嫌で終わらせないように、ちょっとだけ考えてみる」
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「見つからなかったら、それはそれでよしとする」
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「それでも、また明日も同じ問いかけをしてみる」
この繰り返しのなかで、少しずつ変化が起きてきます。
ある日ふと、
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昔ならただイライラして終わっていたことに対して、
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「まあ、この経験があったから今はこうできてるか」と思える自分がいる
そんな瞬間が、きっと来ます。
そうして育てていった先に、
同じ出来事の中からでも「自分にとってのプラス」を見つけることが可能になっていく。
それは、誰かに与えられた考え方ではなく、
あなた自身が時間をかけて育てた、あなただけの“ものさし”です。
最後に ― 今のあなたに伝えたいこと
もし今、
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嫌なことが続いてしんどい
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前向きに考えろと言われるのが苦しい
-
「学びに変える」なんてきれいごとにしか聞こえない
そんな状態だったとしても、大丈夫です。
今日できるのは、たったひとつだけ。
「この出来事の中に、
自分にとってプラスになりそうなことは、少しでもあるだろうか?」
と、一度だけ自分に問いかけてみること。
答えが出なくてもいい。
出なかった自分を責めないであげてください。
その問いかけをした瞬間、
あなたの中の“意識の芽”は、もう動き始めています。
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嫌なことを嫌で終わらせない考え方を、これからも少しずつ増やしていきたいです。
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「第三者の視点を借りることで、『自分を責めない受け止め方』に気づけることもあります。」