きまぐれな紡ぎ手

日々の気づきや思いを綴っています

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いいなと思った気持ちを、落ち込むだけで終わらせたくない

素敵だなと思う人を見たとき、
前向きな気持ちになるより先に、少し落ち込んでしまうことがあります。

あんなふうに話せたらいいのに。
あんなふうに落ち着いていられたらいいのに。
あんなふうに自然に気を配れたらいいのに。

「いいな」と思ったはずなのに、気づけば「それに比べて自分は」と考えてしまう。
そんなことは、たぶん少なくありません。

でも、その反応は悪いものばかりではないのだと思います。
むしろそれは、自分が本当はどんなものを大事にしたいのか、どんなふうでありたいのかを教えてくれているのかもしれません。

だから今日は、
素敵な人を見て落ち込むだけで終わるのではなく、
素敵だなと思ったことを少しずつ真似して、自分の中に取り入れていく考え方
について整理してみます。

この記事でわかることは、次の3つです。
素敵な人を見ると落ち込んでしまう理由、その気持ちを自分のヒントとして見直す考え方、そして今日からできる小さな取り入れ方です。

素敵な人を見ると、なぜか少し落ち込んでしまう

「いいな」と思ったはずなのに、自分に足りないものばかり見えてくる

素敵だなと思う人を見ると、自分との差が目につきやすくなります。

話し方がやわらかい。
所作が落ち着いている。
机の上が整っている。
人への返し方が自然。
時間の使い方がうまい。

そういうものを見るたびに、「自分にはできていないな」と感じる。
いいなと思った気持ちが、そのまま自分の足りなさの確認みたいになってしまうことがあります。

素敵だなと思ったはずなのに、気づけば比べて沈んでしまう感覚は、人と比べてしまうしんどさの話でもう少し整理しています。

たぶん、ここがしんどいんですよね。
素敵だと思えたこと自体より、そのあとに少し沈んでしまうことの方が。

落ち込むのは、ひねくれているからではない

でも、素敵な人を見て落ち込むのは、ひねくれているからではないと思います。

本当にどうでもいいことなら、そこまで心は動きません。
気になってしまうのは、そこに自分の「こうなれたらいいな」が混ざっているからです。

つまり、落ち込む気持ちの中には、
自分が本当は大事にしたいものが隠れていることがあります。

そう考えると、その反応をただ悪いものとして片づけなくてもいいのかもしれません。

やわらかな自然光が入る室内で、木の机の上に白い紙と細いペン、小さくまとめたメモ、湯気の立つカップが置かれ、右側に人物の肩越しの気配が見える横長のイラスト

素敵だなと思ったものを、
ひとつだけ自分の中に入れてみる。

素敵だと思う気持ちは、自分のヒントにもなる

同じ人を見ても、心が動くポイントは人によって違う

同じ人を見ても、目がいくところは人によって違います。

話し方に惹かれる人もいれば、
落ち着きに惹かれる人もいる。
整え方や気配りに目がいく人もいれば、
行動の早さや言葉の選び方に心が動く人もいます。

この違いは、ただの好みで終わらないことがあります。
そこには、その人自身が「大事にしたい」と感じているものがにじむからです。

「何を素敵だと思ったか」が、自分の向かいたい方向を教えてくれる

大事なのは、「素敵な人がいる」という事実より、
自分が何を素敵だと思ったかなのかもしれません。

やさしい話し方に惹かれたなら、自分もそういう空気を大切にしたいのかもしれない。
整っている暮らし方に惹かれたなら、自分も少し落ち着いた毎日を求めているのかもしれない。

そう考えると、「いいな」と思う気持ちは、
比べて落ち込むためだけのものではなく、
自分の向かいたい方向を教えてくれる感覚として見られるようになります。

他人の目や他人基準に引っ張られやすいときの見方は、他人の目が気になるとき、自分らしさを取り戻す視点でも整理しています。

やわらかな自然光が入る室内で、木の机の上に数枚の小さなメモが左から右へ整うように並び、右側にペンとカップ、右端に人物の肩越しの一部が見える横長のイラスト

いくつも気になったものの中から、
自分に残したいものをひとつ選んでみる。

素敵だと思ったことは、少しだけ真似していい

真似することは、自分をなくすことではない

真似するという言葉に、少し抵抗がある人もいるかもしれません。

人の真似ばかりするのはよくない気がする。
自分らしさがなくなりそう。
わざとらしくなりそう。

そう感じるのも自然です。
でも、ここで言いたい真似は、誰かにそっくりになることではありません。

自分がいいなと思った部分だけを、自分なりの形で取り入れてみることです。

その人の話し方を丸ごとコピーしなくていい。
その人の雰囲気を全部目指さなくていい。
言葉のやわらかさでも、整え方でも、落ち着く間の取り方でも、ひとつだけ借りればいい。

それは、自分をなくすことではなく、
自分の中に選べるものを少し増やしていくことなのだと思います。

全部を変えようとしなくていい。ひとつで十分

素敵だなと思うと、丸ごと真似したくなることがあります。
でも、それをすると苦しくなりやすいです。

話し方も、考え方も、習慣も、雰囲気も。
全部を一気に取り入れようとすると、どうしても無理が出ます。

だから、ひとつで十分です。

ひとつだけでいいと思えると、少し動きやすくなることがあります。そんな小さな変化の始め方は、変わりたいけど動けないときの、小さな変化の始め方でも触れています。

言葉を少しやわらかくする。
返事の前に一呼吸置いてみる。
机の上をひとつだけ整える。
出かける前に、先にひとつ準備しておく。

そのくらいの小ささの方が、むしろ続きやすいです。

小さく取り入れると、毎日に少しハリが出てくる

心の中に小さな波紋が立つ

素敵だなと思ったことを真似するのは、
ただ人の表面をなぞることではないのだと思います。

自分が「いいな」と感じたものを、自分の中に少し取り入れようとしてみる。
すると、心の中に小さな波紋が立つことがあります。

今までと同じ毎日の中に、少しだけ新しい意識が入る。
少しだけ姿勢が変わる。
少しだけ見える景色が変わる。

大きく変わるわけではないのに、
自分の中に静かに何かが動く感じがあります。

生活の中に、ほんの少しハリが出てくる

そして、素敵だなと思ったことを実際にやってみると、
今までの生活の中に、ほんの少しハリが出てきます。

ただなんとなく過ぎていた毎日の中に、少しだけ自分の意思が入る。
自分で自分の毎日に、そっと手を入れたような感覚が生まれる。

それは劇的な変化ではないかもしれません。
でも、何もなかったところに小さな張り合いができる。
その感じは、思っているより大きいのだと思います。

今日から真似できる小さなこと

話し方・整え方・動き方は、小さく真似しやすい

もし何かひとつ試すなら、こんな小さなことで十分です。

  • 話し方がやわらかい人を見て、語尾を少しやわらかくしてみる
  • 落ち着いている人を見て、返事の前にひと呼吸置いてみる
  • 整っている人を見て、机の上をひとつだけ片づけてみる
  • 行動が早い人を見て、最初の一歩だけ先にやってみる
  • 気配りが自然な人を見て、ひとつだけ真似できそうな言葉を覚えてみる

どれも小さなことです。
でも、小さいからこそ試しやすいです。

迷ったら「ひとつだけ」で止めてみる

大事なのは、欲張りすぎないことです。

あれもこれもと取り入れようとすると、また苦しくなりやすい。
だから迷ったら、「ひとつだけ」で止めてみる。
そのくらいがちょうどいいです。

小さく真似してみて、少し気分が整うなら、それで十分です。
まずは、自分が無理なく続けられる形を見つける方が大事だと思います。

まとめ

素敵だなと思う人を見たとき、自分との差に落ち込んでしまうことがあります。
でも、その反応は、ただ自分を責める材料ではないのかもしれません。

そこには、自分が本当は大事にしたいものや、向かいたい方向が混ざっていることがあります。

だから、素敵だと思ったものは、比べるためだけに使わなくていい。
そこから、今の自分に取り入れられそうなものを、少しだけ真似してみればいいのだと思います。

全部を変えようとしなくていい。
ひとつでいい。

次に誰かを見て「素敵だな」と思ったときは、
落ち込む前に、
「この人のどこを、少しだけ真似してみたいだろう」
と考えてみてください。

それだけでも、自分の毎日は少しずつ変わっていくかもしれません。

 

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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また次の記事も、少しでも気持ちや考えを整理しやすくなるように書いていきます。