きまぐれな紡ぎ手

日々の気づきや思いを綴っています

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いちばん後回しにした自分の気持ちが、あとから重くなる

本当はしんどいのに、「これくらい大丈夫」と流してしまう。
嫌だったのに、「自分が気にしすぎ」と飲み込んでしまう。
悲しかったのに、「こんなことで傷つく自分が弱い」と片づけてしまう。

こういうことを繰り返していると、気持ちは消えるわけではありません。
ただ、自分でも分からなくなっていきます。

自分の気持ちを雑に扱うことは、少し無理をするというだけではありません。
それは、自分の内側から出ている大事な知らせを、何度も見なかったことにすることです。

最初は平気そうに見えるかもしれません。
でも、見なかったことにされた気持ちは、なくなるのではなく、心の奥にたまっていきます。
そしてある日、疲れやイライラ、人間関係のしんどさ、生きづらさとして表に出てくることがあります。

この記事では、自分の気持ちを雑に扱うと何が起きるのか、なぜそれが苦しさにつながるのか、そしてどうすれば少しずつ立て直せるのかを整理していきます。

自分の気持ちを雑に扱うとはどういうことか

自分の気持ちを雑に扱うというのは、気持ちがあるのに、それをちゃんと受け取らないことです。

たとえば、

  • つらいのに「甘えるな」と自分に言う
  • 嫌なのに「我慢すればいい」と押し込める
  • 傷ついたのに「大したことない」と流す
  • 不安なのに「気のせい」と打ち消す

こういうことは、一回だけなら誰にでもあります。
でも、それが当たり前になると少しずつ苦しくなります。

なぜなら、感情は邪魔者ではなく、自分の状態を知らせるサインだからです。
嫌だという気持ちは、「無理をしているよ」という知らせかもしれません。
悲しいという気持ちは、「大事なものを失ったよ」という反応かもしれません。
怒りは、「雑に扱われた」「踏み込まれた」という境界線のサインかもしれません。

そのサインを何度も無視していると、自分の内側で何が起きているのかが分かりにくくなっていきます。

床に座って膝を抱える女性のまわりに、ハートの紙片、目覚まし時計、しおれた鉢植え、コップが置かれ、壁には「平気」「ガマン」「大丈夫」「ムシ」「後回し」と書かれた吹き出しや紙が貼られているイラスト

気持ちは消えていないのに、見ないふりを続けるほど、
自分でも分かりにくくなっていきます。

気持ちを雑に扱うと、まず本音が分からなくなる

最初に起きやすいのは、自分が本当はどう感じているのか分からなくなることです。

本当は嫌だった。
本当は悲しかった。
本当は腹が立っていた。
本当は疲れていた。

でも、そのたびに気持ちを押し込めていると、だんだん感じる力が鈍くなっていきます。
感情がなくなるわけではありません。
ただ、そこに自分で触れにくくなるのです。

すると、日常の中でもこんなことが増えてきます。

何をしたいのか分からない。
何が嫌なのかもうまく言えない。
疲れているのに休みたいと言えない。
本当は無理なのに「大丈夫」と言ってしまう。

これは珍しいことではありません。
気持ちを後回しにしてきた人ほど、自分の本音が見えにくくなることがあります。

そして本音が分からなくなると、自分に合う選択もしづらくなります。
無理な人間関係を続けたり、しんどい働き方を我慢したり、嫌なことを嫌と言えなくなったりします。

小さな無理に気づけなくなる

自分の気持ちを雑に扱うと、小さな無理の段階で止まれなくなることがあります。

本当はもう疲れている。
本当は少し傷ついている。
本当は今のやり方がきつい。
でも、それをその場で拾えないと、全部あと回しになります。

すると、少しずつ無理がたまっていきます。

朝から体が重い。
人と会うのがしんどい。
集中できない。
ちょっとした一言でイライラする。
何もしていないのに疲れている。

こういう小さなサインは、心からの早めの知らせです。
でも、自分の気持ちを雑に扱う癖があると、それも「怠け」「気のせい」「もっと頑張れ」で処理してしまいやすいです。

その結果、早めに休めなくなります。
早めに距離を取れなくなります。
早めに助けを求めることもできなくなります。

そしてある日、急に限界が来たように見える。
でも実際には、急ではなく、ずっと前から無理が積み重なっていたことが多いです。

自分の中にいるはずの味方がいなくなる

気持ちを雑に扱うことのつらさは、出来事そのものだけではありません。
つらかったあとに、自分が自分の味方をしてくれないことも大きいです。

たとえば、誰かにきついことを言われたとします。
その時点でひとつ傷ついています。

でも、そのあとに自分で

「こんなことで傷つくな」
「気にしすぎだ」
「相手も悪気はない」
「自分が未熟なだけだ」

と追い打ちをかけると、傷はさらに深くなります。

外から傷つけられたうえに、内側でも守ってもらえない。
これはかなり苦しいことです。

本当は、自分の中にひとりくらい味方が必要です。
嫌だったね。
つらかったね。
それは傷つくよ。
無理だったよね。
そう言ってくれる存在です。

それが他人にいてくれたら救われることもあります。
でも、自分の中にその声がまったくないと、心はかなり孤独になります。

人間関係で無理を重ねやすくなる

自分の気持ちを雑に扱う人は、人に合わせすぎることがあります。

本当は嫌なのに断れない。
疲れているのに平気なふりをする。
傷ついたのに笑って流す。
納得していないのに合わせてしまう。

もし「平気なふり」が癖になっているなら、平気なふりをやめても大丈夫。心がラクになる断り方 もあわせて読むとつながりやすいです。

一見すると、やさしい人、我慢強い人に見えるかもしれません。
でも、その裏で自分の気持ちが切り捨てられているなら、長くは持ちません。

相手に合わせるたびに、自分の一部を置いてくるような感覚になることがあります。
それが続くと、心の中に不満や空しさがたまっていきます。

人に合わせすぎて疲れる感覚があるなら、人に合わせすぎて疲れるときの“境界線”の作り方 もつながってきます。

しかも厄介なのは、その不満すら「これくらいで怒るのはよくない」と抑え込んでしまいやすいことです。
だから表面上は穏やかでも、内側ではかなり消耗していることがあります。

そして限界が来ると、突然冷たくなったり、急に関係を切ったり、何も言えないまま心だけ離れてしまうこともあります。
急に見えても、実際はずっと前から我慢が積もっていたのです。

なぜ自分の気持ちを雑に扱ってしまうのか

ここはとても大事なところです。

自分の気持ちを雑に扱ってしまう人は、弱いからそうなるわけではありません。
むしろ、そうしないとやってこられなかった人もいます。

弱音を吐ける空気がなかった。
気持ちを出すと否定された。
我慢するしかない環境だった。
悲しんでいても誰も助けてくれなかった。
怒ると面倒なことになった。

そんな経験があると、気持ちを早く切り離すことが、自分を守る方法になっていたことがあります。

だからまず必要なのは、自分を責めすぎないことです。
今の苦しさの背景には、これまでそうするしかなかった事情があるかもしれません。

ただ、昔は必要だった守り方が、今の自分を苦しめていることもあります。
だからこれからは、少しずつ拾い直していくことが大切になってきます。

やわらかい光が入る窓辺で、座った女性が茶白の猫を腕の中で抱き、足元にはマグカップ、本、メモが置かれているイラスト

自分の気持ちを丁寧に扱うことは、
大きく変えることではなく、
まず少し休ませることから始まります。

自分の気持ちを丁寧に扱うためにできること

自分の気持ちを丁寧に扱うというと、何か特別なことのように感じるかもしれません。
でも最初に必要なのは、とても小さなことです。

それは、否定せずに気づくことです。

疲れているな。
嫌だったな。
本当は悲しかったな。
あの言い方は刺さったな。
今日は無理しているな。

それを、すぐ正したり評価したりしない。
「そんなふうに感じる自分がダメだ」と責めるのではなく、
「今はそう感じているんだな」と受け取る。

これだけでも大きな違いがあります。

気持ちを丁寧に扱うとは、感情のまま動くことではありません。
怒りを感じたから怒鳴る、悲しいから全部投げる、ということではありません。

そうではなく、まず自分の中で何が起きているかを消さないことです。
聞いたうえで、どうするかを選ぶことです。

たとえば、

嫌だけど今回はやる。
悲しいから今日は少し休む。
腹が立ったから少し距離を置く。
不安だから準備を増やす。

こうやって感情を人生の材料として使えるようになると、自分を雑に扱わずに済むようになっていきます。

この感覚をもう少し短く言い表すなら、自分を裏切ることに慣れるな に近いのかもしれません。

本当はしんどいのに、つい「大丈夫」で流してしまう。
そんな状態が続くと、自分の気持ちを言葉にすること自体が難しくなることがあります。
もし、この記事を読んで「もう少し自分の内側を整理したい」と感じたなら、
必要な人だけですが、こういう本をゆっくり読むのもひとつの方法です。

嫌われる勇気の書影

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自己啓発の源流「アドラー」の教え

人に合わせすぎることや、自分の気持ちを後回しにしやすい人にとって、考え方を整理するきっかけになりやすい一冊です。

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すぐに答えを出したい人よりも、まず本でゆっくり整理したい人向けです。

まずは「私は今こう感じている」と認めることから

自分の気持ちを雑に扱い続けた先にあるのは、単なる疲れだけではありません。

本音が分からなくなる。
無理に気づけなくなる。
人間関係で自分を後回しにしやすくなる。
自己価値感が下がる。
喜びまで薄くなる。

だからこそ大事なのは、大きく変わることより先に、まず小さく気づくことです。

私は今、しんどい。
私は今、嫌だと感じている。
私は今、悲しい。
私は今、少し無理をしている。

この一言は地味です。
でも、自分を雑に扱う流れを止める最初の一歩になります。

つらいなら、つらいでいい。
嫌なら、嫌でいい。
悲しいなら、悲しいでいい。
その気持ちをすぐ否定しないことが、自分を守ることにつながります。

自分の気持ちは、わがままではありません。
自分からの知らせです。

それを丁寧に扱うことは、甘やかしではなく、自分を見失わないための大事な土台です。
少しずつでも、自分の気持ちを「なかったこと」にしないところから始めていけたら、それだけでも心の負担は変わっていきます。

 

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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また次の記事も、少しでも気持ちや考えを整理しやすくなるように書いていきます。