きまぐれな紡ぎ手

日々の気づきや思いを綴っています

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この道でよかったのかと、立ち止まる夜に

継続と修正|選んだ道を信じて、手入れしながら進む

決断したからといって、迷いが完全になくなるわけではない。

自分で選んだはずなのに、ふと立ち止まることがある。
本当にこの道でよかったのだろうか。
あちらを選んでいたら、もっと楽だったのではないか。
あちらの方が、今よりうまくいっていたのではないか。

そんなふうに、選ばなかった道が気になる日がある。

選んだあとにも迷いが戻ってくるなら、そもそも「迷いながら選ぶこと」について振り返ってみてもいいと思います。迷ったままでも、選んでいいのかもしれないも、今の迷いを整理する手がかりになります。

それは、まるで隣の芝生が青く見えるような感覚に近い。
自分の足元には、石ころもある。
ぬかるみもある。
思ったより進みにくい場所もある。

でも、選ばなかった道は、遠くから見ているだけだからきれいに見える。
そこにあるはずの苦労や面倒や理不尽は、実際に歩いていないから見えていない。

だから、今の道で苦しいことが起きたとき、すぐに「この道を選んだからだ」と思わなくてもいい。

この記事では、選んだ道に迷いが戻ったとき、継続と修正を繰り返しながら、自分の道を少しずつ育てていく考え方を整理していきます。

この記事でわかることは、選ばなかった道が良く見える理由、続けることと我慢の違い、そして選んだ道を手入れしながら進む考え方です。

選んだ道にも、選ばなかった道にも理不尽はある

選んだ道にも、理不尽なことは起こる。

思っていたように進まないことがある。
努力しているのに報われないことがある。
自分ではどうにもできないことで、足を止められることもある。

そんなとき、人はつい考えてしまう。

あちらを選んでいれば、こんな思いはしなかったのではないか。
別の道なら、もっと穏やかに進めたのではないか。
やっぱり自分の選択は間違っていたのではないか。

けれど、選ばなかった道にも、きっと別の理不尽はあった。

見えていないだけで、そこにも面倒なことはあったはずだ。
思い通りにいかないこともあったはずだ。
誰かの都合に振り回されたり、自分の力ではどうにもできない壁にぶつかったりすることもあったはずだ。

理不尽は、特定の道だけについてくるものではない。
どの道にも、形を変えてついてくる。

だから、理不尽に出会っただけで、選んだ道が間違いだったと決めつけなくてもいい。

理不尽に出会うと、「自分が間違えたからだ」と考えてしまうことがありますが、すべてを一人で背負わなくてもいい場面もあります。うまくいかない日も、あなた一人のせいとは限らないも、あわせて読むと気持ちを少し整理しやすくなります。

信じることは、何も変えずに耐えることではない

選んだ道を信じる。

そう聞くと、苦しくても我慢して進み続けることのように思えるかもしれない。

でも、本当はそうではないと思う。

選んだ道を信じるとは、何も変えずに耐えることではない。
違和感があれば立ち止まり、うまくいかないところがあれば直し、必要なら歩き方を変えること。

それでも、すぐにその道を見捨てないこと。

続けることと、我慢することは違う。
修正することと、諦めることも違う。

続けるべきか、変えるべきかで迷うときは、気持ちだけで決めようとせず、一度判断の軸を分けてみると少し整理しやすくなります。続けるべきか変えるべきか迷うときの見分け方も、今の道を見直すヒントになります。

続けるとは、同じ姿勢のまま固まることではない。
修正するとは、最初の決断を否定することではない。

むしろ、修正することは、選んだ道を育てることなのだと思う。

継続と修正を繰り返す

自分が選んだ道で、継続と修正を繰り返す。

ただ同じことを続けるのではなく、進みながら少しずつ整えていく。
足元が悪ければ、歩き方を変える。
荷物が重ければ、持ち方を変える。
疲れているなら、少し休む。
違和感があるなら、一度立ち止まって見直す。

そうやって、選んだ道に手を入れていく。

花や草に囲まれた小道で、人物がしゃがみ込み、石を並べて道を整えている水彩風イラスト

選んだ道は、そのまま進むだけではなく、
手を入れながら少しずつ歩きやすくしていくものなのかもしれません。

道は、選んだ瞬間に完成しているわけではない。
最初から歩きやすく整っているわけでもない。

むしろ、歩きながら整えていくものなのかもしれない。

草が伸びてきたら少し払う。
ぬかるみに足を取られたら、次は踏み方を変える。
迷いが出てきたら、自分がなぜこの道を選んだのかを思い出す。

そうやって少しずつ、選んだ道は自分の道になっていく。

花に囲まれた小道を、園芸用の手袋と道具を持った人物が前を向いて歩いている水彩風イラスト

手を入れながら歩いてきた道は、少しずつ自分の道になっていく。

選ぶ前には見えなかったものが見えてくる

選ぶ前に、すべてを見極めることはできない。

どれだけ考えても、どれだけ未来を予測しても、実際に歩いてみなければわからないことがある。

やってみて初めて、自分に合っている部分が見えてくる。
思っていたより難しい部分も見えてくる。
逆に、最初は不安だったのに、少しずつ育っていくものもある。

本当に大切にしたかったもの。
思っていたより苦手だったこと。
やってみたからこそ身についた力。
続けたからこそ見えてきた景色。

それらは、選ぶ前には見えなかったものだ。

だから、選んだあとにうまくいかないことがあったとしても、それだけで終わりにしなくていい。

そこから何を知るのか。
どこを直すのか。
何を続けるのか。
何を手放すのか。

その積み重ねの中で、道は少しずつ形を変えていく。

選んだ道を、手入れしながら育てていく

選ばなかった道が青く見える日もある。

それは自然なことだと思う。
人は、自分が歩いていない道を少しきれいに想像してしまう。
今の道に理不尽があるときほど、別の道が正解だったように見えてしまう。

でも、選ばなかった道にも、きっと別の理不尽はあった。
見えていないだけで、そこにも歩きにくさはあった。

だからこそ、自分が選んだ道をすぐに疑いすぎなくていい。

もちろん、無理に進み続けなくてもいい。
苦しいなら休んでいい。
違和感があるなら直していい。
必要なら、進み方を変えてもいい。

それでも、自分が選んだ道をすぐに投げ出さず、手入れしながら育てていく。

選んだ道を信じるとは、盲目的に突き進むことではない。
継続と修正を繰り返しながら、少しずつ自分の道にしていくことなのだと思う。

まとめ

選んだ道にも、理不尽なことはある。
でも、それはその道を選んだからだけではない。

選ばなかった道にも、きっと別の理不尽はあった。
ただ、その道を歩いていないから見えていないだけなのかもしれない。

だから、理不尽に出会っただけで、選んだ道が間違いだったと決めつけなくていい。

大切なのは、選んだ道で継続と修正を繰り返すこと。
手入れしながら、調整しながら、少しずつ歩いていくこと。

その中で、選ぶ前には見えなかったものが見えてくる。

道は、選ぶ前にすべて見極めるものではない。
歩きながら、手入れしながら、少しずつ見えてくるものでもある。

そしてその積み重ねが、いつかこう思える場所につながっていくのかもしれない。

この道を選んでよかった、と。

選んだ道を整えながら進むには、気合いだけではなく、続けやすい形を小さく作っていくことも大切なのだと思います。

大きく変えようとすると疲れてしまうときは、「小さく続ける」考え方を本でゆっくり整理してみるのも一つの方法です。

必要な方だけ、今の道を手入れしながら進むための補助として見てみてください。

今はまだ気持ちを整理している途中なら、無理に読む必要はありません。まずは、今日できる小さな修正を一つ見つけるだけでも十分です。

ここまで読んでくださってありがとうございます。

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また次の記事も、少しでも気持ちや考えを整理しやすくなるように書いていきます。