きまぐれな紡ぎ手

日々の気づきや思いを綴っています

※ 当サイトはアフィリエイト広告を利用しています

変わりたいのに続かない理由|熱が冷めたときは小さく戻ればいい

変わろうと思って、始めたことだった。

このままでは嫌だと思った。
今の自分を少しでも変えたいと思った。
同じところで立ち止まり続けるのではなく、少しでも違う景色を見てみたいと思った。

だから、始めた。

最初は、少しだけ気持ちが動いていた。
今までとは違うことをしている自分に、ほんの少し期待もあった。

「このまま続けたら、変われるかもしれない」
「少しずつでも、前に進めるかもしれない」

そんなふうに思えていた。

変わりたいのに続かないと感じるとき

でも、続けていくうちに、その熱は少しずつ落ち着いていく。

最初のような新鮮さがなくなる。
始めたばかりのころの高揚感も薄れていく。
昨日と今日の違いが、よくわからなくなる。

すると、ふと思ってしまう。

「これ、本当に意味あるのかな」
「全然変わっていない気がする」
「なんだか飽きてきたな」
「もう、やめてもいいんじゃないかな」

変わろうとしていたはずなのに、いつの間にか続ける理由がぼやけてくる。

でも、それは本当に変化が止まったからなのでしょうか。

もしかすると、変化がなくなったのではなく、変化が静かになっただけなのかもしれません。

小さな芽を見つめて座る人物と、土の中で静かに根を伸ばす様子を描いたイラスト。変化が見えなくても、内側では少しずつ育っていることを表現している。

変化が見えなくなったときも、静かに育っているものがある。

変化が見えない時間にも根は伸びている

たとえば、植物もそうです。

種をまいたあと、すぐに芽が出れば安心できます。
土の上に小さな緑が見えれば、「ちゃんと育っている」と思えます。
葉が増えたり、茎が伸びたりすれば、育っていることが目に見えてわかります。

でも、植物には、土の上に変化が見えない時間もあります。

その時間だけを見ると、なにも起きていないように感じます。

失敗したのかな。
もう育っていないのかな。
水をあげても意味がないのかな。

そう思ってしまうこともある。

けれど本当は、土の下で根を伸ばしている途中かもしれません。

表からは見えない場所で、少しずつ根を張っている。
次に芽を出すための準備をしている。
風に揺れても倒れにくくなるために、見えないところで力を蓄えている。

人が変わっていくときも、これに少し似ているのだと思います。

目に見える変化がないからといって、変化が止まったとは限らない。
刺激がなくなったからといって、意味がなくなったわけでもない。

むしろ、変化が自分の中に根づき始めたころほど、表面は静かに見えるのかもしれません。

最初の変化は、わかりやすいものです。

新しいことを始めた。
今までと違う行動をした。
少しだけ生活のリズムが変わった。
自分の中に、今までとは違う感覚が生まれた。

その変化は、刺激があります。
だから、自分でも「変わっている」と感じやすい。

けれど、続けていくうちに、その行動はだんだん日常に馴染んでいきます。

特別だったことが、少しずつ普通になる。
意識していたことが、少しずつ当たり前になる。
大きな刺激ではなく、静かな習慣に近づいていく。

そのとき、私たちは勘違いしてしまうことがあります。

「もう変わっていない」
「意味がない」
「飽きた」
「続けても仕方ない」

そう決めつけて、続けることをやめてしまう。

でも、それは土の上だけを見て、植物の成長を判断しているようなものかもしれません。

芽が出ていない。
葉が増えていない。
花が咲いていない。

だから、育っていない。

そう思って、水をあげるのをやめてしまう。

けれど、本当はまだ途中だったのかもしれない。
ただ、見えない場所で変わっていただけなのかもしれない。

それなのに、私たちは表面だけを見て、自分の変化までなかったことにしてしまう。

前向きな言葉で本音をごまかしてしまうことがある

そして、もっと厄介なのはここからです。

やめたくなったとき、私たちはただ「やめたい」とは言いません。
やめる理由を、少しずつ集め始めます。

「今のままでも悪くないし」
「無理して変わらなくてもいいし」
「これも自分らしさだし」
「別にそこまで困っていないし」
「頑張りすぎるのもよくないし」

一つひとつの言葉だけを見ると、どれも間違ってはいません。

今の自分を否定しすぎないことは大切です。
無理をしないことも大切です。
自分らしさを守ることも大切です。

でも、その言葉を使って、変わりたかった理由までなかったことにしているなら、少し立ち止まったほうがいいのかもしれません。

本当は嫌だったこと。
本当は変えたかったこと。
本当はこのままでは苦しいと感じていたこと。

それを、前向きそうな言葉で丸め込んでしまうことがあります。

「まあ、これでいいか」
「そんなに気にしなくていいか」
「自分を受け入れることも大事だし」

そうやって、自分にやさしくしているようで、実は自分の本音から目をそらしている。

もちろん、今の自分を受け入れることは大事です。
変われない自分を責め続ける必要もありません。

でも、受け入れることと、あきらめることは少し違います。

今の自分を大切にすることと、変わりたかった理由をごまかすことも、同じではありません。

自分自身は、意外とごまかせません。

誰かには説明できても、
言葉ではうまく整えられても、
表面上は納得したふりができても、
心のどこかではわかっていることがあります。

「あれ、本当は嫌だったよね」
「このままでは苦しかったよね」
「だから変わりたいと思ったんだよね」

その声を、完全になかったことにはできない。

だからこそ、変わりたい気持ちが続かなくなったときに必要なのは、もう一度大きく頑張ることではないのだと思います。

気合いを入れ直すことでもない。
最初の熱量を取り戻すことでもない。
全部をやり直すことでもない。

変わりたい気持ちが続かないときは小さく戻る

必要なのは、小さく戻ることです。

植物に水をあげるように、ほんの少しだけ手をかけ直す。
土の上に変化が見えなくても、根が枯れないように、もう一度だけ水をあげてみる。
大きく育てようと焦るのではなく、育つ可能性を途中で手放さない。

小さく戻るとは、そういうことなのかもしれません。

小さな植物に水をあげる人物と、土の下で大きく根を張る様子を描いたイラスト。見えないところで育つ変化と、小さく戻る大切さを表現している。

見えないところで根を張る変化に、もう一度そっと水をあげる。

なにが嫌で変わりたかったのか。
なにを変えたくて始めたのか。
どんな自分に近づきたかったのか。

そこへ、ほんの少しだけ戻ってみる。

大きく戻らなくていい。
完璧に戻らなくていい。
また毎日続けようとしなくてもいい。

一行だけ書く。
五分だけやる。
一つだけ片づける。
一回だけ思い出す。
少しだけ、始めたころの自分に会いに行く。

それくらいでいい。

小さく戻るために、特別な気合いはいらないのだと思います。

ただ、もう一度続けやすい形を知っておくと、止まったあとに戻りやすくなることがあります。

今の自分を責めるより、少しだけ整え方を見直したい方には、本で考え方を整理するのも一つの選択肢です。

小さな習慣 スティーヴン・ガイズ

まず本で整理したい人向け

『小さな習慣』スティーヴン・ガイズ

大きく変えようとするより、小さく続ける考え方を知りたいときに。

無理なく続ける考え方を見てみる

※今は何かを増やすより休みたい時期なら、無理に読まなくても大丈夫です。まずは、今日できる小さな一歩だけで十分です。

小さく戻ることは、弱い戻り方ではありません。

むしろ、自分を見捨てないための戻り方です。

止まっても戻れることを大切にする

反動があった。
熱が冷めた。
マンネリ化した。
続ける意味が見えなくなった。
変わりたかった理由すら、少し忘れてしまった。

変わろうとしたあとに元の自分へ戻ってしまう感覚があるなら、それは単なる失敗ではなく、反動として見つめ直せるのかもしれません。自分を変えようとすると元に戻る理由について考えた記事でも、その感覚をもう少し整理しています。

それでも、終わりではありません。

忘れたなら、思い出せばいい。
離れたなら、近づき直せばいい。
止まったなら、少しだけ動かせばいい。

人は、いつもまっすぐ変わり続けられるわけではありません。

燃えるように進める時期もあれば、
なにも変わっていないように感じる時期もある。
続ける意味がわからなくなる時期もある。
自分で自分を丸め込んで、元の場所に戻ろうとする時期もある。

でも、そのたびに大きく立て直そうとしなくていい。

小さく戻ればいい。

続けられなかった自分を責めるよりも、止まったあとに戻ってこられることを大切にしてもいいのだと思います。止まらないことより、止まっても戻れることを大切にする考え方も、今の自分を責めすぎないための助けになるかもしれません。

小さく戻ることは自分を見捨てないこと

小さく戻るとは、過去に戻ることではありません。
最初からやり直すことでもありません。

変わりたかった自分を、もう一度迎えに行くことです。

あのときの自分は、なにを嫌だと思っていたのか。
なにを変えたいと思っていたのか。
どんな未来を、少しだけ望んでいたのか。

それを思い出すだけでも、もう一度歩き出すきっかけになります。

変わりたい気持ちは、消えたわけではないのかもしれません。
ただ、日常の中で少し奥に沈んでいただけなのかもしれません。

土の上には、まだ芽が見えない。
花も咲いていない。
大きく伸びているようにも見えない。

それでも、土の下で根を伸ばしている途中なら、そこで水をやめてしまうのは少しもったいない。

自分の変化も、同じなのだと思います。

まだ目に見えないだけで、
まだ言葉にできないだけで、
まだ実感できないだけで、
自分の中では、静かに何かが育っているのかもしれない。

だから、いきなり大きく戻らなくていい。
最初の熱量を取り戻そうとしなくていい。
また完璧に続けようとしなくていい。

ほんの少しでいい。

自分が変わりたいと思った場所へ、
自分が変わりたいと願った理由へ、
小さく戻ってみる。

それは、もう一度水をあげるようなものです。

まだ育っているかもしれない自分を、
まだ根を張っているかもしれない変化を、
途中で見捨てないための小さな手入れです。

その小さな一歩が、また自分を信じ直す始まりになる。

小さく戻ることは、後戻りではない。

もう一度、自分を見捨てないための戻り方なのだと思います。

 

ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

この記事が、少しでも気持ちや考えを整理するきっかけになっていたら嬉しいです。

「読んでよかった」と感じてもらえたら、
下のランキングボタンから応援していただけると励みになります。

また次の記事も、読んだあとに少し心が軽くなるような言葉を届けていきます。