自分の前でまで、自分をごまかさなくていい
変わりたいと思ったとき、人は何かを始めようとします。
日記を書く。
記録をつける。
目標を立てる。
できたこと、できなかったことを振り返る。
それは、自分を変えるための大切な一歩です。
けれど、記録を始めたからといって、すぐに自分と正直に向き合えるわけではありません。
むしろ、記録を始めたからこそ見えてくる弱さがあります。
この記事でわかること
記録しているのに変われないと感じる理由と、自分をごまかさずに現在地を見つめる考え方を整理します。

変わるための道を教えてくれる。
記録を始めたからこそ見えてくる弱さ
たとえば、悪いところには少し目をつむる。
できなかったことは、少しぼかして書く。
反対に、できたことは少し大きく見せる。
本当はそこまで頑張れていないのに、「まあ、これくらいはできたことにしておこう」と加点する。
誰かに見せるわけでもない。
それでも、自分の記録の中の自分を、少しだけよく見せたくなることがあります。
本当は、そんなことをしても意味がないとわかっている。
わかっているのに、少しでも取り繕いたくなる。
できていない自分を、そのまま残すのが怖い。
怠けた自分を、文字として見たくない。
迷った自分や、逃げた自分や、続かなかった自分を、はっきり残したくない。
だから少しだけ、現実をやわらかく書き換える。
記録と現実のずれが大きくなるとき
けれど、その小さなごまかしが積み重なると、記録と現実の間に少しずつ距離ができます。
最初は、本当に小さなずれです。
一回くらいならいい。
今日くらいはいい。
少し甘く見てもいい。
そう思っていたはずなのに、気づけば記録の中の自分と、現実の自分が違う方向を向き始めている。
記録は自分の現在地を知るためのもの
記録は、本来なら自分を責めるためのものではありません。
自分を立派に見せるためのものでもありません。
記録は、自分の現在地を知るためのものです。
いま、どこにいるのか。
何ができていて、何ができていないのか。
どこでつまずきやすくて、どこなら続けられそうなのか。
それを知るために、記録はあるのだと思います。
けれど、できていない部分をぼやかしてしまうと、現在地が見えにくくなります。
現在地が見えにくくなると、目指す場所までの道のりにも、もやがかかります。
本当は右に進まなければいけないのに、自分では真っすぐ進んでいるつもりになる。
本当は少し休み方を見直した方がいいのに、「まだ大丈夫」と思い込む。
本当は何度も同じところで止まっているのに、そこを見ないふりしてしまう。
すると、変わりたいと思って始めたはずの記録が、いつの間にか変わらない自分を守るための場所になってしまう。

次の一歩を見つけるための記録になる。
記録をやめたくなるほど苦しくなる理由
そして、そのずれが大きくなるほど苦しくなります。
記録をつけるたびに、どこかで自分がわかっているからです。
これは本当の自分ではない。
ちゃんと見ているようで、見たいところだけを見ている。
変わろうとしているようで、実は変わるために必要な部分を避けている。
その苦しさが積もると、やがて記録そのものをやめたくなります。
一度止まったからといって、全部が終わるわけではありません。続かなかった自分を責めるより、戻り方を小さくしておくことも大切です。
向き合うのが苦しいから。
現実との差を見るのが嫌になるから。
できていない自分を見つけるたびに、自分を責めてしまいそうになるから。
できない自分を認めるところから始まる
けれど、ここで大切なのは、できていない自分を責めることではありません。
正直に自分を見ることは、自分を責めることとは少し違います。できなかった自分を見つけたときほど、責める前に一度立ち止まってもいいのだと思います。
できていないから、変わりたいのです。
それなら、できていない自分を認めるところからしか始まりません。
できない自分を認めることは、諦めることではありません。
開き直ることでもありません。
むしろ、変わるための出発点を正しく置くことです。
地図を見るとき、目的地だけを見ても進めません。
自分が今どこにいるのかがわからなければ、どの道を選べばいいのかもわからない。
それと同じで、変わりたいときに必要なのは、理想の自分を眺めることだけではありません。
いまの自分を、できるだけ正直に見ることです。
できなかった日がある。
ごまかしたくなる日がある。
良く見せたくなる日がある。
見た目を気にしてしまう日がある。
それでもいい。
大切なのは、そこで自分を責めきることではなく、
「ああ、いま自分はここにいるんだ」
と認めることなのだと思います。
自分の前でまで、自分をごまかさなくていい
人前では、多少取り繕ってしまうことがあってもいいのかもしれません。
平気なふりをする日もある。
できているふりをする日もある。
弱いところを見せないようにする日もある。
人との関係の中では、見せ方を選ぶこともあります。
すべてをさらけ出すことだけが正直さではありません。
でも、自分の前でまで、自分をごまかさなくていい。
誰にも見せない記録の中でくらい、できなかった自分をそのまま置いてもいい。
弱かった自分を、そのまま残してもいい。
途中で止まった自分を、なかったことにしなくてもいい。
なぜなら、それは失敗の証拠ではなく、これから変わっていくための材料だからです。
嘘のない記録が、変わってきた足跡になる
嘘のない記録は、最初は少し痛いかもしれません。
できていない自分を見つめるのは、気持ちのいいことばかりではありません。
けれど、その記録があるからこそ、あとになって気づけることがあります。
前はここで止まっていた。
でも今は、少しだけ進めている。
前は見ないふりをしていた。
でも今は、ちゃんと気づけるようになっている。
前はできない自分を隠していた。
でも今は、その自分から始められるようになっている。
その変化を見つけられたとき、成長の喜びは大きくなります。
きれいに整えた記録では、ほんとうの変化は見えにくい。
でも、嘘のない記録には、変わってきた自分の足跡が残ります。
変わりたいなら、今の自分をぼやかさない
できない自分を認めることは、そこで止まることではありません。
むしろ、そこから始めることです。
自分をごまかせば、その場では少し楽になるかもしれません。
でも、自分をごまかさずに見つめた先には、本当に進みたい道が見えてくる。
変わりたいなら、まずは今の自分をぼやかさないこと。
できていない自分を責めるためではなく、
これから変わる自分のために。
人に見せる自分は、少しくらい整えてもいい。
でも、自分の前でまで、自分をごまかさなくていい。
その正直さが、きっと次の一歩を見つける力になります。
ここまで読んでくださって、ありがとうございます。
この記事が、少しでも気持ちや考えを整理するきっかけになっていたら嬉しいです。
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