きまぐれな紡ぎ手

日々の気づきや思いを綴っています

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効率は、非効率を削ったあとに残る|最初から効率よく進めなくてもいい

最初から効率よく進みたい。

無駄なく、遠回りせず、できるだけ失敗せずに、最短距離で目的地までたどり着きたい。

そう思うことは、自然なことだと思います。

時間は限られているし、体力にも気力にも限りがある。
できることなら、余計な手間は省きたい。
誰かがすでにうまくいく方法を知っているなら、それを真似したくなる。

けれど、効率とは本当に、最初から手に入れられるものなのでしょうか。

もしかすると効率とは、最初からきれいに用意された道ではなく、非効率な時間の中から、不要な部分を少しずつ削り出したあとに残るものなのかもしれません。

非効率な作業や迷いを象徴するメモや矢印の塊を、人物が削りながら一本の道を作っていくアイキャッチイラスト。効率は非効率を削ったあとに残るという記事テーマを表現している。

遠回りや迷いを削りながら、自分に合う進み方が少しずつ見えてくる。

効率は、最初から完成しているわけではない

効率のいい方法を見ると、すっきりして見えます。

手順が少ない。
迷いがない。
無駄がない。
必要なことだけが、きれいに並んでいる。

だから私たちは、つい思ってしまいます。

「最初からこの方法でやればよかった」
「最初から効率よく進めばよかった」
「遠回りなんて、しなくてもよかった」

でも、本当にそうなのでしょうか。

その効率のいい形は、最初からその形だったわけではないのかもしれません。

最初は、もっとごちゃごちゃしていた。
もっと時間がかかっていた。
もっと迷っていた。
もっと失敗していた。
もっと余計なこともしていた。

その中で、何度も試しながら、少しずつ削られていった。

これはいらなかった。
これは残した方がいい。
ここは順番を変えた方がいい。
ここは省いても大丈夫。
でも、ここだけは省いてはいけない。

そうやって残ったものが、効率なのだと思います。

つまり効率は、非効率を否定したところにあるのではなく、非効率を通ったあとにできあがるものです。

非効率は、無駄ではなく材料になる

非効率にやっている時間は、自分では情けなく感じることがあります。

もっと早くできる人がいる。
もっと要領よくできる人がいる。
もっとスマートに進めている人がいる。

それなのに自分は、何度も戻っている。
同じところで迷っている。
時間ばかりかかっている。
余計なことまでしている。

そんなふうに思うと、非効率な自分を責めたくなるかもしれません。

でも、非効率にやっているからこそ見えるものがあります。

何に時間がかかるのか。
どこで迷いやすいのか。
どの作業は自分にとって必要なのか。
どの手順は、実はなくても困らないのか。
どこを省くと、あとでつまずくのか。

これは、実際にやってみないとわかりません。

何も体験せずに効率だけを追い求めると、必要な部分まで抜け落ちてしまうことがあります。

まだ自分にとって何が必要で、何が不要なのかわからない段階で削ってしまう。
まだ理解が浅い段階で、確認作業を省いてしまう。
まだ足場ができていない段階で、近道だけを選んでしまう。

すると、表面上は早く進んでいるように見えても、内側には何も残っていないことがあります。

進んだはずなのに、わかっていない。
真似したはずなのに、応用できない。
省いたはずなのに、あとで戻ることになる。

効率を求めたつもりが、結局遠回りになってしまう。

それは、非効率を経験していなかったからかもしれません。近道を選んだつもりが、あとで迷路に戻ってくることもあります。

完成した効率だけを真似しても、壁に弱くなる

誰かの効率のいい方法を真似することは、悪いことではありません。

むしろ、参考にできるものがあるなら参考にしていい。
先に進んでいる人の知恵を借りることは、大切なことです。

ただし、気をつけたいのは、形だけを真似してしまうことです。

効率のいい方法には、見えない背景があります。

なぜ、その順番なのか。
なぜ、その作業を省いているのか。
なぜ、そこだけは残しているのか。
なぜ、そのやり方にたどり着いたのか。

そこには、きっと何度もの試行錯誤があります。

失敗したから、削った。
時間がかかりすぎたから、変えた。
うまくいかなかったから、順番を入れ替えた。
必要だと思っていたけれど、実は不要だったから手放した。

そういう過程があって、今の形になっている。

でも、完成形だけを見て真似すると、その背景までは受け取れません。

順調なときは、それでも進めるかもしれません。
けれど、壁にぶつかったときに困ります。

なぜうまくいかないのか。
どこを直せばいいのか。
何を戻せばいいのか。
何を削りすぎたのか。

それがわからなくなる。

なぜなら、自分の中に、その方法ができあがるまでの地図がないからです。

効率のいい方法を真似ることはできても、その効率が生まれるまでに通ってきた失敗や迷いまでは、簡単には真似できません。

削られたものにも、意味があったのかもしれない

効率化というと、つい「無駄をなくすこと」だと思ってしまいます。

けれど、何でも削ればいいわけではありません。

削っていいものと、削ってはいけないものがあります。

誰かにとって不要だったものが、今の自分にとっても不要とは限りません。

たとえば、慣れている人にとっては不要な確認作業。
でも、始めたばかりの人にとっては、理解を深めるために必要な時間かもしれません。

たとえば、遠回りに見えるメモや記録。
効率のいい人は省いているかもしれません。
でも、自分にとっては、あとで戻るための足場になるかもしれません。

たとえば、何度も調べること。
一見すると時間の無駄に見えるかもしれません。
でも、その中で少しずつ自分の言葉になっていくこともあります。

誰かが削ったものは、その人が経験したうえで「削っても大丈夫」と判断したものです。

でも、自分がまだそこを通っていないなら、同じように削っていいとは限らない。

不要だったものをそぎ落とすにも、意味があります。
それは、ただ捨てたのではなく、試したうえで手放したということです。

だから、最初から削りすぎなくていいのだと思います。

最初は、少し多くてもいい。
少し遅くてもいい。
少し不格好でもいい。
少し遠回りでもいい。

そこから、自分で確かめながら削っていけばいい。

自分で通った非効率は、あとで自分を助けてくれる

非効率にやった経験は、すぐには役に立たないように見えるかもしれません。

でも、あとになって効いてくることがあります。

一度迷ったから、次に迷わなくなる。
一度失敗したから、危ない場所がわかる。
一度遠回りしたから、近道のありがたさがわかる。
一度余計なことをしたから、何が余計だったのかわかる。

そして、壁にぶつかったときにも戻れる場所ができます。

「あのときは、ここでつまずいた」
「前は、この順番にしたらうまくいかなかった」
「ここを省くと、あとで苦しくなる」
「ここだけは、時間がかかっても丁寧にやった方がいい」

そういう感覚は、完成した方法を眺めているだけでは身につきません。

自分でやってみたから残るものです。

非効率に見えた時間は、ただの遠回りではなかった。
自分に合う効率を作るための材料だった。

そう思えると、過去の自分の不器用さも、少し違って見えてきます。

あの時間は無駄だったのではなく、削る前の素材だった。
迷っていた時間は、形を探している時間だった。
遠回りしていた自分は、効率の外にいたのではなく、効率が生まれる前の場所にいた。

そう考えると、少し救われる気がします。

非効率を通るから自分に合う効率が残るという記事のまとめを表したイラスト。左に迷いや多すぎる作業の塊、中央に不要なものを削る人物、右に残された進む道が描かれている。

非効率を通り、削り、残していく。その過程が、自分に合う効率をつくっていく。

最初から効率よく進めなくてもいい

もちろん、いつまでも非効率なままでいいわけではありません。

無駄を見つけたら、削っていい。
楽にできる方法があるなら、取り入れていい。
誰かの知恵を借りられるなら、借りていい。

けれど、最初から完璧に効率よく進めなければいけないわけではありません。

むしろ、最初から効率だけを求めすぎると、体験する前に大切なものまで省いてしまうことがあります。

大事なのは、非効率を責めることではなく、非効率の中から見つけることです。

何が必要だったのか。
何が不要だったのか。
何を残したいのか。
何を削ってもいいのか。
どこで自分はつまずきやすいのか。
どんなやり方なら続けられるのか。

それを見つけるために、非効率な時間がある。

効率は、最初から借りてくるものではなく、自分の経験の中で育てていくものなのだと思います。

効率は、非効率のあとに生まれる

非効率でも、まずやってみる。
遠回りでも、まず触れてみる。
うまくいかなくても、一度通ってみる。

その中で、少しずつ見えてくるものがあります。

これは必要だった。
これはなくてもよかった。
これは誰かには不要でも、自分にはまだ必要だった。
これは今なら削っても大丈夫だ。

そうやって、非効率の中から不要な部分を削り出していく。

そのあとに残ったものが、自分に合った効率になる。

だから、最初から効率よく進めなくてもいいのだと思います。

最初からスマートでなくてもいい。
最初から無駄なくできなくてもいい。
最初から誰かの完成形になれなくてもいい。

非効率に見える時間の中で、自分に必要なものを知っていく。
不要なものを見分けていく。
自分の歩幅に合う形へ、少しずつ整えていく。

効率とは、非効率を否定した先にあるものではありません。

非効率を通り、試し、迷い、削り、残したあとに、ようやく生まれてくるものです。

だから今、遠回りしているように見えても。
時間がかかっているように感じても。
不器用に進んでいるように思えても。

その時間は、いつか自分だけの効率を作るための材料になっているのかもしれません。

効率よく進みたいと思うほど、つい「何を増やすか」に目が向きやすくなります。

でも本当は、何を残して、何を手放すかを見直すことも大切なのかもしれません。

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ここまで読んでくださって、ありがとうございます。

この記事が、少しでも気持ちや考えを整理するきっかけになっていたら嬉しいです。

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