「やればできる」は押し付けか、それとも勇気をくれる言葉か。精神論と背中を押す力、その違いを生むのは信頼関係にある。
はじめに
仕事で大きなプロジェクトを任されたときのことです。
初めての業務に戸惑い、思うように成果を出せず焦っていた私に、上司が言った言葉がありました。
「やればできる」
その瞬間、正直「そんな簡単に言わないでほしい」と心の中で反発しました。
努力してもうまくいかない現実の中で言われると、プレッシャーにしか感じられなかったからです。
けれど不思議なことに、同じ言葉でも励ましとして響いた経験もありました。
信頼できる同僚から「やればできるよ」と声をかけられたときには、なぜか気持ちが軽くなり、もう一度やってみようと思えたのです。
同じ言葉なのに、呪いのように重く感じるときもあれば、力強い応援に変わることもある。
その違いはいったい何なのでしょうか。
「やればできる」が呪いに変わるとき
多くの人が違和感を覚えるのは、こんな状況ではないでしょうか。
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いつも口だけで自分ではやらない人に「やればできる」と言われる
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言うだけ言って放置したうえに、言ったことも忘れられる
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どんな状況だったのかを見ようともせず、方法や改善策は一切示されない
こうした場面での「やればできる」は、単なる精神論の押し付けにしかなりません。
言葉を投げる側は自分の責任を負わず、結果がどうであれ「努力不足」と決めつけられる。
その一方で挑戦する人だけが苦労し、責任を背負わされるのです。
そのとき「やればできる」は応援でも励ましでもなく、呪いの言葉に変わってしまいます。
「やればできる」が力を与えるとき
しかし反対に、この言葉が勇気を引き出す力を持つこともあります。
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「自分には無理だ」と思い込んでいる人に、一歩踏み出す勇気を与える
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行動する前から諦めてしまう人に、可能性を示す
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ゴールが遠すぎて尻込みしている人に、「挑戦していい」と背中を押す
つまり「やればできる」は、限界を自分で決めてしまっている心を軽くする魔法の言葉にもなり得るのです。
言葉を「呪い」から「励まし」に変えるコツ
同じ「やればできる」でも、押し付けになるか励ましになるかは伝え方次第です。
大切なのは、言葉に具体性と共感を添えることです。
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「やればできる。最初はこの部分からやってみよう」
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「やればできる。私もこういう工夫をしたよ」
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「やればできる。一緒に方法を考えよう」
こうした一言を添えるだけで、精神論ではなく「現実に役立つエール」に変わります。
やる気は原因ではなく結果
「やればできる」と言われると、やる気がなければ成果が出ないように感じる人もいます。
しかし実際には、やる気は 行動の原因ではなく結果 です。
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小さな成功体験を積んで「もっと挑戦したい」と思える
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工夫がうまくいき、自信が生まれる
つまり「やる気があるからできる」のではなく、**「できた実感があるからやる気が湧く」**のです。
だからこそ「やればできる」という言葉で小さな一歩を後押しできたなら、その一歩がやる気を呼び込むことにつながります。
信頼関係があるときにこそ響く「やればできる」
そして忘れてはいけないのは、この言葉が真に力を発揮するのは 信頼関係があるとき だということです。
相手が自分を理解し、暖かく、そして力強く見守ってくれている。
そんな安心感があるからこそ、「やればできる」はプレッシャーではなく 心を支える励まし に変わります。
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「君なら大丈夫」という心からの応援
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「見守っているから安心して挑戦していい」という支え
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「失敗しても受け止めるよ」という暗黙の約束
信頼と温かさが土台にあるとき、「やればできる」は押し付けではなく、勇気をくれる言葉として響くのです。
結論
「やればできる」という言葉には、両面があります。
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口だけの人が無責任に放つと精神論にしかならない
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信頼と具体性を伴えば、挑戦を支える力になる
だからこそ大切なのは、関係性を築いたうえで、方法や共感を添えて伝えることです。
「やればできる」を呪いの言葉で終わらせるのか、背中を押すエールに変えるのか。
その違いを生むのは、言葉そのものではなく、伝える人の姿勢と信頼関係なのです。
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